稲荷神社
稲荷神社は、穀物や食物の神である宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)【稲荷神】を祀り、農業や商業、家庭の安全など、日常生活に密接に関わる神様として広く信仰されています。現在では農業だけでなく、商売繁盛、家内安全、交通安全、学業成就など幅広いご利益があるとされています。
宇迦之御魂大神は伏見稲荷大社(京都市)、笠間稲荷神社(茨城県)、祐徳稲荷神社(佐賀県)などの全国の稲荷神社で祀られているほか、ビルやデパートの屋上、工場の敷地内などにも、屋敷神として稲荷神を祀る社が設けられています。(例えば、日本橋三越デパート屋上の三囲神社などがある)


狐塚
狐塚は、稲荷信仰に通じるものと誤解されがちでありますが、その起源はもっと素朴で、地域の“境界”を守るための民間信仰からだそうです。狐は夜行性で、人の見えないところを行き交うことから、この世とあの世の境界を知らせる存在とされ、田畑を荒らす害獣を追い払い、作物の実りを守ると信じられてきました。また、狐は火の神・カグツチとも結びつけられ、“火事から村を守る霊獣”として祀られることがあったそうです。狐塚は村人が祈りを捧げていた“原初の聖地”であったわけです。稲荷信仰が広まり、狐塚に稲荷が祀られるようになったようです。

狐塚 祠
『南無稲荷大明神』、『南無七面大明神』が祀られています。稲荷大明神は仏教の神様(ヒンズー教)で「荼枳尼天(だきにてん)」で七面大明神は「七面天女(しちめんてんにょ)」とも呼ばれ日蓮宗において法華経を守護するとされる女神です。この地区独自の民間信仰といえるでしょう。小栗原稲荷神社は3人の女神さまをお祀りしている特別な稲荷神社です。


白狐(びゃっこ/はくこ)
狐は穀物を食い荒らすネズミを捕食すること、狐の色や尻尾の形が実った稲穂に似ていることから、狐が稲荷神の使いに位置付けられました。神仏習合の時代には、稲荷神は仏教の 荼枳尼天(だきにてん)と習合されるようになりました。荼枳尼天は、日本では白狐に乗る福徳の神として親しまれています。社殿に向かって右側が雌で子ぎつねを抱いています。左側が雄で米俵を抱えています。
4年ごとに執り行われる大祭では、氏子が揃いの白半纏で神輿渡御を行います。
子の神社

子ノ神社は、国造りや農業、医療の道を教えられた大国主命(おおくにぬしのみこと)を主祭神とする神社で、安産や子授け、子供の健やかな成長を願う人々に深い信仰を集めています。また、縁結びの神としても崇敬されています。
「大国主命が根の国においてスサノオによる野火の試練に遭った際に、ねずみに助けられた」という『古事記』の記述から、ねずみ(子/ね)が大国主命に関連した神の使いとされていることに因む。


子の神社とイチョウ
子の神社境内には、5本の大イチョウがあり秋にはたくさんの銀杏を付けます。落葉の時期にはご近所の氏子さんがお掃除をなさっていただき、総代会のメンバーも総員参加で落ち葉、銀杏の清掃をして、境内を清めています。
同じ敷地内には妙見八幡、稲荷神社の神輿蔵とちょっとした広さの広場もあり、「下総中山で楽しもう実行委員会」主催の『おぐり朝市』が開催され、小栗原稲荷神社が目指す地域社会のシンボル的な場所となっています。
妙見八幡

妙見八幡(みょうけんはちまん)は『妙見さん』と愛称で親しまれている神社です。主に長寿や災難除け、眼病の神様として信仰されています。
『妙見さん』は、インドで発祥した菩薩信仰が、中国で道教の北極星・北斗七星信仰と習合した妙見信仰の神様で、「妙見菩薩」と称されています。「妙見」とは「優れた視力」の意で、善悪や真理をよく見通す者ということだそうです。
妙見八幡は、下総の豪族の千葉一族と日蓮宗との係わりがある神社です。千葉氏は妙見菩薩を一族の守護神として崇拝し、日蓮もこの信仰を重んじました。とくに、この本中山地区は千葉一族の支城の小栗原城址があり、日蓮宗大本山の中山法華経寺の門前町として栄えてきた地域です。
社号に「八幡」を冠しているのは?
〇千葉氏が祖先平良文(たいら の よしふみ)とともに祀る平将門(たいらのまさかど)が、八幡大菩薩を奉じていたためか・・・・・・?
〇千葉氏が鎌倉幕府の有力な御家人であたため、八幡大菩薩を守護神として崇敬したためか・・・・・・?
〇日蓮上人の受難のおり、千葉氏の被官が八幡荘に迎え入れ保護したことからか・・・・・・・?

妙法連華経の石碑
妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)は、大乗仏教(密教も含まれる)の代表的な経典で、この略称が「法華経(ほけきょう、ほっけきょう)」です。日蓮上人は、妙法蓮華経(法華経)を釈迦の本懐にして最高無上として、題目(南無妙法蓮華経)に経典の表題を唱えることが、最高経典の「妙法蓮華経(法華経)に帰依する」の意であると重視しています。
大宮権現

妙円寺境内で徳川家康をお祀りしている神社です。江戸幕府初代将軍・徳川家康(1543~1616)は、没後に「東照大権現」として神格化されました。これは、家康が仏の化身として現れ、国家と民を守護する偉大な神であることを示す称号です。国家や地域の守護、学業成就、商売繁盛などのご利益を信じられています。
妙円寺で徳川家康を祀る「大宮権現祭」が開かれる | 下総中山駅から広がる門前町、中山商店会発!「中山かわら版」

大宮権現と妙円寺
大宮権現にお参りの際は、妙円寺山門より入り、本殿にてお参り後、右手の小道を通り大宮権現鳥居前に出ます。どうぞ遠慮なくご参拝ください。

妙円寺住職が丹精込めた境内
妙円寺ご住職が丹精込めた境内は、季節折々の草木が競い合うように目を楽しませてくれます。是非、お参りがてらご鑑賞ください。
写真は木瓜(ボケ)の花です。色とりどりな花が見事です。千葉街道に面していますが、つい足を止めて見入ってしまいます。
天満宮

天満宮は「天神(てんじん)」「天神さま」「天神さん」とも呼ばれています。祭神の菅原道真は、学問の才能に秀でていたことから学問の神様として崇められております。
菅原道真は、忠臣として名高く宇多天皇に重用されて、醍醐朝では右大臣にまで上り詰めましたが、これを快く思わむ者に貶められて太宰府に左遷されてしまいます。道真は都に戻ること叶わず、太宰府にて命を落としますが、それ以降都で次々と不審なことが起こります。清涼殿に雷が落ち、道真の左遷にかかわった者におおくの死傷者が出たことで、道真の怨霊が原因だと考え、怨霊をおさめるために道真を神として祀ることにしました。
天神は元々は雷のことを指していましたが、道真が雷を落としたと恐れ、天神として祀るようになりました。

臥牛(がぎゅう)
道真と牛には、道真が京都で子牛を可愛がっていた話、左遷の途中で刺客に襲われた際、牛が道真を守った話、道真の遺骸を運ぶ牛が途中で座り込んだ場所に墓が建てられた話、道真の生年・没年の丑年との縁といった伝説があります。
天満宮では、牛は「神の使い(神使)」とされ、臥牛像は参拝者に親しまれ、頭を撫でると学問が向上するといったご利益があると信じられています。

飛梅(とびうめ)伝説
菅原道真(天神様)は、生涯を通じて梅の花をこよなく愛したことで知られ//大宰府へ左遷される際、「東風吹かば 匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」(梅の花よ、東から風が吹いたら香りを送っておくれ。主がいなくても春を忘れてはいけないよ)と詠み、自宅の庭の梅の木に別れを告げたといいます。庭の梅の木は道真公を慕い、一夜にして太宰府まで飛んで行きました。これが有名な「飛梅(とびうめ)伝説」です。
今年も忘れずに実を付けました。
神輿倉
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大神輿

中神輿 子供神輿






