儒教は紀元前500年頃の中国の思想家、孔子の教えを中心に成立した政治思想や道徳の教えです。
葬祭儀礼などを体系化・理論付け行い、哲学や倫理だけでなく、政治など現実社会にも適応する思想として深めていきました。
儒教で重要な教えは、五倫五常の徳目の追求です。五常とは、人として備えるべき「仁、義、礼、智、信」の5つの徳のことであり、
仁:人を思いやること
義:私利私欲に走らず利他の精神で正しい行いを守ること
礼:人間の上下関係を守ること
智:学問に励み、 道徳的認識判断力を身につけること
信:誠実であること
五倫とは対人関係において実践すべき徳のことで、
父子の親:父と子の間は親愛の情で結ばれなくてはならない
君臣の義:君主と臣下は互いに親しみの心で結ばれなくてはならない
夫婦の別:夫婦にはそれぞれの役割があること
長幼の序:年少者は年長者を敬い従うこと
朋友の信:友は互いに信頼の情で結ばれること
五倫五常の徳目は、倫理・道徳の基礎になっています。
孔子は人間相互の信頼(仁)による徳治政治を唱えて多くの弟子を集め、弟子たちによる言行録「論語」は社会に強い影響を与え、弟子や後世の思想家によって深化・多様化していきます。その代表が孟子と荀子です。二人はそれぞれ
孟子:性善説を説き、徳による君主の政治を主張⇒聖徳太子の三教融合思想に影響
荀子:性悪説を唱え、法治政治が現実的と主張⇒天武天皇の律令制度に影響
異なる解釈をとります。
荀子の法治政治は秦の始皇帝にも強い影響を与えましたが、これが焚書坑儒として儒学者が弾圧される結果になってしまいます。
秦が滅び漢の時代になると、儒教の教えが政治に採用されるようになります。儒教思想に陰陽家の陰陽五行思想を加えて政策を占い、訓詁学(古典の文献研究)が盛んになります。儒教は官学となり、権力の正統性を下支えする中国の歴代王朝の理念となっていきました。一方で、儒教は祖先崇拝など土着の風習と結びついていたこともあり、冠婚葬祭などの儀礼が民衆の生活に深く根付いていきます。
魏晋南北朝時代以降は、現世利益を謳った道教やインド伝来の仏教に儒教が押されがちになり、この三つが互いに影響を与え合うようになります。
唐の時代になると儒教は科挙の試験科目に採用され、貴族階級に必須の教養となります。
宋の時代になると、儒教=儒学に大きな変化が訪れます。その中心人物が南宋の朱熹(朱子)です。そのため、この時代に確立された新しい儒教理論は朱子学と呼ばれます。
同時に朱子学は朝鮮と日本にも大きな影響を与え、封建社会に共通する道徳として浸透していくのです。しかし19世紀後半、西洋からの外圧が高まり、中国社会の後進性が意識されていくにつれ、儒教は次第に政治の指導理念としての正当性を失っていきました。
