本地垂迹(ほんじすいじゃく)とは、仏教が興隆した時代に発生した神仏習合思想の一つで、神道の八百万の神々は、実は様々な仏(菩薩や天部なども含む)が化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)であるとする考えでです。権現の権とは「臨時の」「仮の」という意味で、仏が神の形を取って仮に現れたことを示します。
本地垂迹説は神仏習合の理論的基盤となる思想ですが、両者は厳密には異なります。本地垂迹説は神々の本質を仏や菩薩とする教義であり、神仏習合は実際に神社と寺院で神と仏が共に祀られる現象を指します。例えば、天照大神は大日如来の垂迹とされ、神と仏が矛盾なく共存する信仰体系を可能にしました。
この思想は単なる宗教理論にとどまらず、政治的・社会的にも重要な役割を果たしました。国家神道と仏教の権威を結び付け、支配の正当性を宗教的に裏付ける装置としても機能しました。また、日本人の多神教的な宗教観と仏教の慈悲思想を調和させ、精神的統合を促す役割も担いました。
日本では、仏教公伝により、古墳時代の物部氏と蘇我氏が対立する丁未の乱(ていびのらん)など、仏教と日本古来の神々への信仰との間には隔たりがありました。飛鳥時代での天武天皇による天皇中心の国家体制整備に伴い、皇祖神である天照大神を頂点として、国造りに重用された神々が民族神へと高められた。仏教側もその神々に敬意を表して神に菩薩号を付すに至りました。
