大年神(おおとしのかみ)は、須佐之男命(スサノオ)と、大山津見(オオヤマツミ)の娘である神大市比売命(カムオオイチヒメ)の子として生まれました。宇迦之御魂神(ウカノミタマ)とともに生まれています。
豊年を神格化した神で、転じて食物や穀物の豊饒・収穫を意味します。このため古来から、宇迦之御魂神とともに各地で篤く信仰されています。
地方によって呼び名は異なりますが、年神(としがみ)・年徳神(としとくじん)・恵方神(えほうしん)・お正月さま、などといわれる五穀豊穣の神がいます。これらはどれも大年神とほぼ同一の存在で、その年に豊かな実りをもたらす神です。そもそも正月を祝う風習のほとんどは、年神をお迎えして祀る意味をもっていて、豊作・豊年の予祝(よしゅく)につながるものです。現在でも残る新年の飾り物は、元々大年神を迎えるためのものであり、門松は年神が来訪するための依代であり、鏡餅は年神への供え物であったそうです。
『古事記』では、出雲建国の神話に登場します。有力な片腕である少名毘古那神(スクナビコナ)を失った大国主神(オオクニヌシ)が、出雲国の建国と運営のために優秀な人材を求めて祈りを捧げていたときに、それに応じて大年神がはるか海上から光り輝いて現れます。
大年神は、「これまでは御諸山(みもろのやま)(三輪山)の山上にいたが、これより大和国(やまとのくに)の青垣山(あおかきやま)に祀れ」と、大国主神に告げます。そうすれば、一族をあげて力を貸すというのです。大年神の手助けにより出雲国はますます豊穣な国となったそうです。因みに『日本書紀』には大年神は現れない。
